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昭和アイドルと“ファン心理マーケティング”編|“好き”が経済を動かした時代

アイドル
記事内に広告が含まれています。

あの頃の僕らは、「推し活」なんて言葉を知らなかった。
でも、確かに“人生の一部”を預けていた。

テレビの前に座る時間は、ただの娯楽じゃない。
雑誌を開く瞬間は、情報収集じゃない。
レコードを買う行為は、消費じゃない。

全部、「好きで生きる」ための行動だった。

この記事では、昭和アイドルを「懐かしい文化」として語らない。
なぜ“好き”が、あれほど巨大な経済を動かしたのか。
そして、なぜあの構造が、今もなお形を変えて生き続けているのか。

これは評論じゃない。
研究だけの記事でもない。

現場で感じ、心を持っていかれ、何度も救われた当事者としての記録だ。


◆章:昭和アイドルは「商品」じゃなかった

よく「昭和アイドルは事務所に作られた存在だった」と言われる。
半分は正しい。でも、半分は決定的に間違っている。

なぜなら、あの時代のアイドルは
“売られていた”のではなく、“居場所になっていた”からだ。

学校に居場所がなかった。
家にいても、安心できなかった。
将来なんて、考えたくなかった。

そんな感情の受け皿として、
テレビの向こう側に“ずっと笑ってくれる存在”がいた。

僕は当時、番組のエンディングでアイドルが手を振るたび、
なぜか「見捨てられなかった気がする」感覚を覚えていた。

この感覚こそが、昭和アイドル経済の正体だ。


◆章:テレビは最大の感情増幅装置だった

昭和後期、日本は完全なマスメディア独占時代だった。

テレビ・ラジオ・雑誌。
情報は選ぶものじゃない。
流れてくるものを、受け取るしかなかった。

だからこそ、露出は「広告」じゃなく「関係性」になった。

電通が公開している広告年表・日本の広告費データを見ると、
1970〜80年代にテレビ広告が社会の中心だったことがはっきり分かる。

公式資料:
https://www.dentsu.co.jp/knowledge/ad_nenpyo.html

ここで大事なのは、
「何回見たか」じゃない。

「生活の中に、何回“存在したか”」だ。

毎週、同じ時間。
同じスタジオ。
同じ衣装の匂いすら想像できる距離感。

これが、心理学でいうパラソーシャル関係を量産した。

会ってない。
話してない。
それでも、「分かってくれている気がする」。

僕は、歌番組が終わるたびに、
少しだけ部屋が寒くなる感覚を、今でも覚えている。


◆章:レコードを買う=近づく、という錯覚

今の音楽は「聴くもの」だ。
でも昭和の音楽は、「持つもの」だった。

レコード屋に入る。
ジャケットを手に取る。
レジに並ぶ。

その一連の動作すべてが、
推しに近づいている感覚を生んでいた。

日本レコード協会(RIAJ)の公式統計では、
1980年前後にアナログレコードの生産金額がピークを迎えている。

公式統計:
https://www.riaj.or.jp/data/annual/

この数字は、「音楽が売れた」証拠じゃない。
感情が、現金に変換された量だ。

僕はレコードを棚に並べながら、
「今日は大丈夫だ」と自分に言い聞かせていた。

救われていたんだと思う。
本気で。


◆章:雑誌は、会えない距離を埋める装置だった

昭和のファンにとって、雑誌はSNSだった。

写真。
インタビュー。
投稿欄。

とくに『明星(Myojo)』は象徴的だ。

集英社の公式情報によると、1988年に発行部数187万部を記録している。

公式情報:
https://www.shueisha.co.jp/

187万部。
これはファンの人数じゃない。

「同じ気持ちの人が、これだけいる」という安心の量だ。

僕は投稿欄を読むたび、
「自分だけじゃない」と思えていた。

この安心感が、
次の購買を、次の応援を、自然に生んでいた。


ここまでで見えてきたのは、
昭和アイドル経済の正体が「戦略」ではなく
感情の連鎖だったという事実だ。

次の章では、
CMタイアップが“好き”をどう商品に翻訳したのか
そして、なぜファンはそれを拒まなかったのか。

もっと熱く、もっと深く書く。
これは、まだ入口だ。

(第2回へ続く)


◆章:CMは“好き”を商品に翻訳する魔法だった

昭和アイドルを語るとき、
どうしても避けて通れないのがCMだ。

今ならすぐに「広告」「タイアップ」「企業案件」と言語化される。
でも、当時の僕らにとってCMは、
“現実と推しが交わる唯一の場所”だった。

テレビをつければ歌番組。
そのまま流れる化粧品や飲料のCM。
そこに、さっきまで歌っていた本人が、
少し違う表情で、でも確かに存在している。

あの瞬間、僕らはこう感じていた。

「この世界でも、生きているんだ」

これは誇張じゃない。
本気で、そう思っていた。

企業側はもちろん、販売促進として起用していた。
でもファン側は、
「利用されている」とは感じていなかった。

むしろ逆だ。
「推しが、社会に認められた」
「ちゃんと“大人の世界”に受け入れられた」

そう感じることで、
自分の“好き”まで肯定された気がしていた。

だから商品を買った。
疑いなく、嬉々として。

これは、現代のインフルエンサーマーケティングとは決定的に違う。
承認のベクトルが、企業→消費者ではなく、
社会→推し→自分へと流れていた。


◆章:なぜファンは“搾取”だと感じなかったのか

ここで、どうしても出てくる疑問がある。

「それって、ただの感情搾取じゃないの?」
「企業にうまく使われていただけでは?」

この問いに、僕ははっきり答えたい。

少なくとも、当時の僕は“奪われた”感覚は一切なかった。

理由は単純だ。

見返りが、ちゃんと“感情”として返ってきていたから。

テレビで会える。
雑誌で近づける。
歌で気持ちを代弁してくれる。

そして、CMに出ることで、
「この人を好きな自分は、間違っていない」と社会が言ってくれる。

これは、心理学的に言えば相互補強だ。

一方通行に見えて、
感情の循環は、確かに成立していた。

今のように、
「課金すれば会える」
「数字を積めば評価される」

そんな明確な取引はなかった。

だからこそ、
“買う”という行為に、夢が残っていた。


◆章:ファンは“顧客”になる前に、仲間だった

昭和アイドルの現場には、
今よりもずっと横のつながりがあった。

クラスで話題になる。
学校で歌が流行る。
雑誌の切り抜きを見せ合う。

そこにあったのは、
「誰が一番お金を使ったか」じゃない。

「どれだけ一緒に好きでいられるか」

この感覚は、
現代の“個別最適化された推し活”とは真逆だ。

みんなが同じものを見て、
同じ時間に盛り上がって、
同じ歌を口ずさむ。

だから熱狂が“社会現象”になる。

僕は、
推しの名前を黒板に書かれて笑われたこともある。
それでも、翌日には別の誰かが同じ名前を書いていた。

好きでいることが、孤独にならなかった。


◆章:昭和アイドル経済の本質は「安心の量」だった

ここまで読んでくれた人なら、
もう気づいていると思う。

昭和アイドルが生んだ経済の正体は、
快楽でも、刺激でもない。

安心だ。

・テレビをつければ、そこにいる安心
・雑誌を買えば、同じ気持ちの人がいる安心
・商品を買えば、社会とつながれる安心

この「安心の総量」が、
レコードの売上になり、
雑誌の部数になり、
広告費という巨大な数字になった。

電通や日本レコード協会の公式データが示しているのは、
単なる市場規模じゃない。

どれだけの人が、感情の置き場を必要としていたかだ。

公式データ参照:
https://www.dentsu.co.jp/knowledge/
https://www.riaj.or.jp/


◆章:僕が今でも昭和アイドルを語りたくなる理由

正直に言う。
美化もしていると思う。

不透明な契約もあった。
守られなかった人もいた。
決して、完璧な時代じゃない。

それでも、
僕は昭和アイドルの話をやめられない。

なぜなら、
「好きになることを、恥ずかしがらなくてよかった時代」
だったからだ。

経済を動かしたのは、
戦略でも、アルゴリズムでもない。

好きでい続けたい、という祈りだった。

次の分割では、
この昭和的構造が、
平成・令和でどう変質していったのか。

そして、
「それでも人は、なぜ推しを求めるのか」

もっと深く、もっと熱く、書く。

(第3回へ続く)


◆章:昭和が終わり、好きは「管理」され始めた

昭和の終わりは、
アイドルの終わりじゃなかった。

“好きの扱われ方”が変わり始めただけだ。

平成に入ると、
テレビは少しずつ生活の中心から降りていく。

チャンネルは増え、
娯楽は分散し、
「みんなが同じものを見る時間」は確実に減った。

この瞬間から、
ファン心理マーケティングは次の段階に入る。

好きは、集めるものから、測るものへ。


◆章:平成は“好き”を数値にした時代だった

平成のアイドル文化を一言で表すなら、
「可視化」だ。

売上枚数。
ランキング。
投票。
握手の回数。

好きであることが、
数字で証明できるようになった。

この変化を、
進化だと言う人もいる。

確かに、
推しに“届く”感覚は強くなった。

でも、同時に僕は、
ある違和感を覚え始めていた。

「好きでいることが、競争になっていないか?」

昭和の頃、
誰が一番好きかなんて、決めなくてよかった。

でも平成では、
数字が、順位が、比較が、
静かにファンの心に入り込んでくる。

僕は、
「今日は会えなかった」
「回数が足りなかった」

そんな理由で、
落ち込む自分に気づいた。

好きだったはずなのに。
楽しかったはずなのに。

好きが、少しだけ苦しくなった。


◆章:それでも人は、推すことをやめられない

ここで、はっきり言っておきたい。

平成や令和の推し活を、
否定したいわけじゃない。

むしろ、
僕自身も、その渦中にいる。

なぜなら、
人は、感情の置き場を失うと、生きづらくなるからだ。

昭和は、
社会全体がその置き場を用意してくれていた。

平成は、
ファン自身が、必死に作り出した。

令和は、
アルゴリズムと市場が、それを提供している。

形は変わっても、
本質は同じだ。

誰かを好きでいることで、自分を保っている。


◆章:僕が“推し変”を経験した日のこと

ここからは、
完全に個人的な話になる。

でも、きっと同じ気持ちを知っている人がいる。

ある日、
以前ほど胸が高鳴らない自分に気づいた。

ライブの告知を見ても、
即座に予定を空けようとしない。

あれだけ追いかけていたのに。

罪悪感があった。
裏切っている気がした。

でも、同時に思った。

「好きは、義務じゃない」

昭和のファン心理マーケティングが、
なぜあれほど美しく回っていたのか。

それは、
離れる自由が、ちゃんと残されていたからだ。

去ることが、
数字として責められなかった。

だからこそ、
好きは長く続いた。


◆章:昭和の“余白”が、いま再評価される理由

最近、
昭和アイドルが再評価される理由が、
ようやく分かった気がする。

それは、
歌唱力でも、ビジュアルでもない。

余白だ。

毎日、会えない。
常に情報が降ってこない。
全部を知れない。

だから、
想像できた。
夢を置けた。

今はどうだろう。

全部が見える。
全部が測れる。
全部が比較される。

それは便利で、
同時に、息苦しい。

だから人は、
昭和に戻りたくなる。

管理されない“好き”を、もう一度感じたいから。


次の分割では、
この記事の核心に入る。

・昭和アイドルとファン心理マーケティングの「完成形」
・現代ビジネスが、実は昭和から学び直していること
・それでも僕らが、推しを必要とする理由

そして最後に、
「好きでいてよかった」と思える場所を、
ちゃんと用意する。

(第4回へ続く)


◆章:昭和アイドルとファン心理マーケティングの完成形

ここまで長く書いてきたけれど、
ようやく核心に辿り着く。

昭和アイドルとファン心理マーケティングは、
偶然うまくいった文化じゃない。

結果的に、
人の感情を一番壊さずに、経済へ変換できていたモデルだった。

なぜか。

理由はシンプルで、
「感情を長く保つ設計」になっていたからだ。

・露出は多いが、常時ではない
・情報はあるが、すべては見えない
・応援はできるが、結果を直接支配できない

この「できなさ」が、
感情を守っていた。

人は、
すべてをコントロールできると、
愛着を消費し始める。

昭和アイドルは、
ファンに“介入させなかった”。

だからこそ、
尊敬と憧れが壊れなかった。


◆章:現代ビジネスが昭和に学び直していること

最近のマーケティング界隈を見ていると、
ある言葉がやたら増えている。

「コミュニティ」
「ストーリー」
「共感」
「余白」

正直に言う。

それ、昭和アイドルが全部やってた。

ただし、
当時は“戦略用語”じゃなかった。

自然に、そうなっていた。

今の企業は、
ファンを囲おうとする。
接点を増やそうとする。
可視化しようとする。

でも、昭和は違った。

囲わなくても、人は離れなかった。

なぜなら、
好きでいること自体が、
人生の中で“意味”を持っていたからだ。

この違いは、
数字では測れない。

だからこそ今、
多くのブランドが行き詰まっている。

感情を動かせても、
感情を“預かる”覚悟がない。


◆章:それでも、僕は現代の推し活を否定しない

ここまで読むと、
「昭和至上主義」に見えるかもしれない。

でも、それは違う。

僕は今も、
令和の推しを応援している。

課金もする。
配信も見る。
情報も追う。

ただ、
一つだけ、意識していることがある。

好きの主導権を、手放さない。

数字に追われすぎない。
比較に飲み込まれすぎない。

昭和のファンたちが、
無意識に守っていたものを、
意識的に守る。

それが、
今の時代を生きるファンの、
一つの知恵だと思っている。


◆章:この記事を書きながら、ずっとワクワクしている理由

ここで、
少しだけ裏側の話をさせてほしい。

正直に言うと、
この文章を書きながら、
僕はずっと楽しい。

懐かしいからじゃない。

自分が、どこで救われてきたのかが、
はっきり言葉になるからだ。

昭和アイドルを好きだったこと。
平成で迷ったこと。
令和で悩みながら推していること。

全部、無駄じゃなかった。

感情は、
ちゃんと経済を動かしてきたし、
人生も支えてきた。

だから僕は、
このテーマを“研究対象”としてじゃなく、
生きてきた証拠として書いている。


次の分割では、
この記事を読んでくれた人が、
一番知りたいであろう部分に入る。

・結局、昭和アイドルから何を学べばいいのか
・今の推し活に、どう活かせばいいのか
・好きでいることに、罪悪感を持たなくていい理由

そして、
Q&A形式で、よくある疑問にも全部答える。

いよいよ、終盤だ。

(第5回へ続く)


◆章:昭和アイドルから、僕らは何を受け取ればいいのか

ここまで読んでくれた人なら、
もう分かっているはずだ。

昭和アイドルの価値は、
「昔はよかった」という話じゃない。

感情を、どう扱えば壊れずに済むかを、
結果的に教えてくれていた。

昭和の構造から、
今の僕らが受け取れるものは、たった三つだ。

・好きは、管理しなくていい
・好きは、競争させなくていい
・好きは、証明しなくていい

これだけでいい。

数字に追われなくても、
課金額で比べなくても、
誰かより上でなくても、

好きは、成立する。


◆章:今の推し活に、どう活かせばいいのか

ここは、かなり現実的な話をする。

令和の推し活は、
仕組みとして「数字」が組み込まれている。

それを完全に拒否するのは、
正直、難しい。

だから僕は、
こう考えるようにしている。

「参加する」と「支配される」は違う。

・参加できる範囲を、自分で決める
・苦しくなったら、一歩引く
・楽しい気持ちが戻る場所を残しておく

昭和のファンたちは、
無意識にこれをやっていた。

会えなくても、
情報がなくても、
想像で補える余白があったからだ。

今は余白が少ない分、
意識して作る必要がある。


◆章:Q&A|昭和アイドルとファン心理マーケティング

Q1. 昭和アイドルのファンって、ただの受け身じゃないの?

A. 受け身に見えるだけで、感情の主導権はファン側にありました。
買う・見ない・離れる自由が、今よりずっと守られていました。

Q2. 昭和アイドルの経済効果は、どれくらい大きかったの?

A. 電通の広告年表や、日本レコード協会(RIAJ)の公式統計を見ると、
1970〜80年代の音楽・広告市場は、感情消費の中心にアイドルがいました。

公式情報:
https://www.dentsu.co.jp/knowledge/
https://www.riaj.or.jp/

Q3. 今の推し活は、やっぱり疲れやすい?

A. 疲れやすい構造ではあります。
でも、距離の取り方を自分で決めれば、長く楽しむこともできます。

Q4. 昭和アイドル文化は、今後も参考になる?

A. なります。
特に「余白」「憧れ」「離れる自由」という点は、
今のマーケティングやファンビジネスが、もう一度学び直している部分です。


◆章:それでも僕らは、また誰かを好きになる

ここまで読んで、
少し胸が温かくなっていたら、
それでいい。

昭和アイドルを知らなくても、
リアルタイムで体験していなくても、

好きでいて、救われた経験があるなら、あなたは当事者だ。

経済を動かしたのは、
特別な才能でも、巧妙な戦略でもない。

「信じたい」という気持ちだった。

そしてそれは、
これからも形を変えて、
僕らの人生に現れる。

だから、恥じなくていい。
好きでいてよかった。

昭和アイドルと“ファン心理マーケティング”の話は、
結局、人が人を想う話だった。

ここまで読んでくれて、ありがとう。


【参考・公式情報】

※本記事は、公開されている公式資料・統計情報と、筆者自身の体験・見解をもとに構成しています。

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