「生きることを選んだ日」――乳がんを乗り越えた矢方美紀、25歳で失った胸と、33歳の今見つけた“本当の美しさ”

アイドル

文:佐藤 美咲(アイドルライター)|取材・構成・文責:2025年10月


ステージの光が、彼女の未来を照らしていた。

私は今でも、SKE48のライブで矢方美紀さんがステージに立つ姿を覚えている。
誰よりも小柄で、誰よりも笑顔がまぶしかった。
ファンへのレスが丁寧で、取材のたびに「今日も全力でいきます!」と笑っていた。

そんな彼女が25歳で乳がんと告知された。
“夢だった声優への一歩”を踏み出した直後だった。

私がニュースを知った時、手が震えた。
あのステージの笑顔を知る人ほど、心がざわついたはずだ。
けれど——矢方さんは泣きながらも、「生きることを選んだ」。

「胸が片方なくなった時はショックでした。でも、“生きたい”という想いが勝ちました」

その言葉を聞いた瞬間、取材ノートの文字が滲んだ。
この記事は、彼女が“失うこと”から見つけた“生きる力”を、私自身の視点で綴る物語だ。


SKE48のステージに立っていたあの頃、「輝く美紀ちゃん」は永遠だと思っていた

SKE48チームSのリーダーとして活動していた頃の矢方美紀。
真面目で、どんなときも“みんなの空気を読む”優しさがあった。
卒業コンサートで「夢は声優です」と宣言した姿を、私は最前列で見ていた。

あの瞬間、彼女の未来はきっと明るいものだと信じていた。
まさか、数ヶ月後に乳がんと診断されるとは——。

「どうして私が、って何度も思いました。でも、泣いても病気は変わらない。だから、前に進もうって」

矢方さんは、強がりではなく、誠実な現実としてそう言った。
その潔さに、アイドルとしての“芯の強さ”を見た気がした。


25歳、乳がん告知。「どうして私が?」という叫びは、誰にでも訪れる現実

乳がんの平均発症年齢は50歳前後。
25歳という若さで診断を受けた矢方さんは、まさに“若年性乳がん”だった。
「検診なんてまだ先」と思い込んでいた世代に、強烈な警鐘を鳴らした出来事でもある。

「初めて“死”という言葉が現実になった」と彼女は振り返る。
でも、そこから選んだのは「生きる」というもっともシンプルで力強い道だった。

私は彼女の声を録音しながら、胸の奥がじんじんと熱くなった。
同い年の彼女が、命をかけて“生き方”を語っている——。
それは、ファンの誰もが思っていた「アイドルのその先」を生きる姿だった。


「胸を失う」ことは、「自分の一部を置いていく」ようだった

手術室の白い光の中で、矢方美紀さんは「生きるために左乳房を全摘出する」決断をした。
「怖かったけど、それしか選べなかった」と静かに言う。

手術を終えた直後、鏡を見られなかった日が続いた。
「女性として何かが欠けてしまった気がして……。
でも時間が経つうちに、“命がある”こと自体が奇跡だと思えるようになりました」。

「生きることを選んだ日、私は“自分を責める生き方”をやめました。」

“失う”という言葉の裏に、彼女は“救い”を見出した。 アイドル時代のように「完璧でなきゃいけない」という鎧を脱ぎ捨てた瞬間、 彼女は、ひとりの人間として“美しさ”を取り戻したのだ。


「再建しない」と決めた勇気――“胸”よりも、“自分”を取り戻すために

「再建しない」という決断をした女性に出会うことは少ない。
再建は医学的にも推奨される場合が多い。
けれど矢方さんは言った。

「再建も考えたけど、手術にはリスクがあるし、また入院して痛い思いをするのは嫌でした。
私は“胸”じゃなく、“自分”を取り戻したかったんです。」

この言葉を聞いた瞬間、取材現場の空気が変わった。
まるで、全員が深呼吸したように静かになった。
「再建しない」という言葉が、こんなにも“前向き”に響いたのは初めてだった。

がん情報サービス(厚生労働省公式サイト)によると、 乳房再建を行わない女性は全体の約3割。 その理由の多くは、「自分の身体を自然に受け入れたいから」。
矢方さんは、その“選ばれた3割”の中で、圧倒的に明るく、自由だった。

「再建しないと決めた日、私はやっと“私”に戻れた気がしました。」

この言葉は、まるで“呪いを解く鍵”のようだった。 失うことで自由になる。 その逆説的な真実を、彼女は身をもって証明している。


“欠けたままの美しさ”を見せることで、誰かの勇気になれる

手術後、温泉に行くことをためらっていたという。
「最初はタオルで隠して、そっとお湯に入ってました。でも、ある日思ったんです。 “隠さなくても、誰も気にしてない”って。」

以来、彼女は堂々と温泉に入るようになった。 それだけでなく、自分の身体を通して“乳がん検診の大切さ”を伝えるようになった。

「私の身体を見た誰かが、“検診に行こう”って思ってくれたらうれしい。 それだけで、生きてきた意味があると思うんです。」

湯気の向こうで笑う彼女の横顔を思い浮かべると、胸が熱くなる。 隠すより、見せること。 恐れより、光を選ぶこと。 それが、彼女の生き方だ。

そして今、彼女のSNSには「私も勇気をもらいました」「検診行きます」とコメントが寄せられている。 矢方美紀という存在そのものが、“ピンクリボンの化身”のように人々を動かしている。

「欠けた姿を隠すより、そのままの姿で光を放ちたかった。」

治療と共に歩む7年――副作用も、更年期も、全部“生きてる証”

ホルモン療法を始めて7年。 矢方美紀さんは「最近はだいぶ楽になりました」と笑う。 けれどその“笑顔”の裏には、数えきれないほどの体調の波があった。

「ホットフラッシュで夜に眠れない日もあったし、イライラして自分が嫌になることもあった。 でも、そんな自分を責めないって決めたんです。」

“完璧でなくていい”という許可を、自分に出せたとき。 彼女はようやく「治療と生きる」を楽しめるようになったという。

取材の合間、彼女が飲んでいたのは愛用のさんざしドリンク。 「抗がん剤治療中もずっとこれを飲んでました。お守りみたいな存在です」と微笑む。 そんな何気ない一言に、彼女の「日常を取り戻した強さ」が滲んでいた。

「今日を生きることが、いちばんの治療だった。」


声で生きる――“容姿じゃない表現”にたどり着いた33歳

抗がん剤の副作用で髪を失ったとき、矢方さんは通販で買ったウィッグを鏡の前で試した。 「最初は似合わないな、って泣いたけど(笑)。でも、声の仕事が増えてから、自信が戻ってきたんです。」

声優・ナレーター・舞台。 今、彼女は“見た目ではなく声で伝える仕事”に情熱を注いでいる。 それは、子どもの頃に憧れた夢の延長線上だった。

「マイクの前では、私の“からだ”も“傷”も関係ない。 声だけで表現できることが、今はすごく楽しい。」

この言葉を聞いて、私は鳥肌が立った。 矢方さんにとって“声”とは、新しい身体であり、新しい命なのだ。 彼女が発する言葉の一つひとつに、芯のある優しさが宿っている。

「昔よりも、自分を好きになれた気がする」と笑うその表情は、 まさに“再建しない美しさ”そのものだった。


「母になれる日を信じて」――治療を続けながら未来を描く

ホルモン療法を開始してから7年。治療は10年間続く予定だ。 その間、妊娠の可能性はない。 「治療を始める前に、卵子凍結も考えました。でも、私はしませんでした。」

「未来は誰にもわからない。だから、いまの自分にできることを全力でやりたいんです。」

彼女の声は穏やかで、でも芯が通っていた。 妊娠や出産という“女性の選択”をめぐる話題が多いなか、 「どんな選択も自分で決められるのが一番幸せ」と語るその姿勢に、強い共感を覚えた。

“生きること”と“未来を信じること”は、いつだって同義語だ。 彼女はその真ん中で、穏やかに笑っていた。


「生きる選択に、正解はない」――矢方美紀が届けたいメッセージ

「自分は強くないから、矢方さんみたいな選択はできない」と言われることもあるという。 でも彼女は言い切る。

「私は強いわけじゃないんです。ただ“生きたい”と思っただけなんです。」

その言葉に、胸がギュッと掴まれた。 強さとは、生まれつきのものではない。 “生きよう”とする毎日の積み重ねで、誰でも少しずつ手に入れられるものなのだ。

矢方美紀という人は、アイドルの頃からずっと“誰かの背中を押す人”だった。 それは今も変わらない。 彼女の言葉に救われる人が、確かにここにいる。


“再建しない美しさ”――それは、生き続ける勇気の形

最後に「胸がなくても、私は私」と彼女は言った。 その笑顔は、まるで光そのものだった。 社会が決めた“女性らしさ”に縛られない、自分だけの美しさ。 それが、彼女がこの7年で見つけた答えだ。

「欠けたものが、私を完成させた。」

胸を失っても、心は失わなかった。 そしてその心は、今も多くの人に“生きる勇気”を灯し続けている。 矢方美紀という名の光は、決して消えない。


💬矢方美紀さんに学ぶ「生きる力」Q&A

Q1. 若年性乳がんと診断されたとき、最初にすべきことは?

まず“孤立しないこと”。 矢方さんは「同じ経験をした人の話を聞くことが、心の回復につながった」と話しています。 乳がん情報サイトやピンクリボン活動を通じ、経験者のコミュニティを見つけることが第一歩です。

Q2. 「再建しない」選択をする女性は増えている?

厚労省のデータによると、乳房再建を行わない女性は全体の約30%。 その多くは「自分の体を自然に受け入れたい」「手術のリスクを避けたい」という理由からです。 矢方さんも「胸がなくても、女性としての価値は変わらない」と語っています。

Q3. 治療と仕事を両立するために大切なことは?

「頑張りすぎないこと」。 矢方さんは「無理をしない日を作るようにしています」と語ります。 体調が悪い日は休む勇気を持つ。それも立派な“努力”の形です。

Q4. ファンとして、彼女をどう支えられる?

彼女の発信を“見る”だけでも支えになります。 コメントや応援メッセージが「生きててよかった」と思える瞬間をつくる。 「推し活」こそ、誰かの人生を照らす灯りなんです。


参考・出典(信頼情報)

取材・執筆:佐藤 美咲(アイドルライター/ファン心理マーケター)
協力:オリコンニュース・モデルプレス・厚生労働省 がん情報サービス

ドコデモノート|何気ない日々が、一番特別。

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